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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)4165号 判決

原告 白神信義

原告 宮路浩一

右両名訴訟代理人弁護士 石川隆

被告 杉山仁治

右訴訟代理人弁護士 中野公夫

同 藤本健子

被告 佐藤寛蔵

右訴訟代理人弁護士 吉村浩

主文

原告両名の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告両名の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告ら

被告杉山仁治(以下「被告杉山」という。)は、原告白神信義(以下「原告白神」という。)に対し、二〇四万四八五三円及びこれに対する昭和六一年四月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被告佐藤寛蔵(以下「被告佐藤」という。)は、原告白神に対し、八八万三一三七円及びこれに対する昭和六一年四月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被告杉山は、原告宮路浩一(以下「原告宮路」という。)に対し、六八万五九六一円及びこれに対する昭和六一年四月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被告佐藤は、原告宮路に対し、四九万三四五円及びこれに対する昭和六一年四月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行宣言

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 東京地方裁判所八王子支部は、同庁昭和五六年(ケ)第二六五号不動産競売事件(以下「本件競売事件」という。)に関して昭和五九年三月三〇日に開かれた配当期日に、配当表上、原告白神に対する配当額を一億二二四〇万円、原告宮路に対する配当額を九五二万円と計上した。

2. 右事件の配当手続において、被告杉山は二八三七万九一五〇円の、被告佐藤は一七一四万六〇一二円の各債権届出をしていたが、被告両名は、それぞれの債権額の限度で原告白神及び同宮路に対する前記各配当額に異議を述べ、被告杉山は東京地方裁判所八王子支部昭和五九年(ワ)第四八六号、被告佐藤は同庁昭和五九年(ワ)第四九五号をもって、それぞれ配当異議の訴えを提起した。

3. そこで、競売裁判所は、原告白神への配当額中の被告両名の異議を述べた額に相当する四五五二万五一六二円を、二八三七万九一五〇円は被告杉山のために、一七一四万六〇一二円は被告佐藤のために、それぞれ供託し、原告宮路への配当額九五二万円は被告両名のために不可分的に供託して、原告らは配当異議訴訟の判決が確定するまで右各金員を受領できなくなった。

4. 前記配当異議訴訟が係属した東京地方裁判所八王子支部は、両事件を併合審理のうえ、昭和六〇年三月二五日、被告両名の請求を棄却するとの判決をした。

右判決は、被告佐藤については昭和六〇年四月一一日確定したが、被告杉山は控訴をし、右控訴事件は東京高等裁判所昭和六〇年(ネ)第一〇〇七号事件として係属し、同裁判所は昭和六〇年八月二二日控訴棄却の判決をしたが、被告杉山は、最高裁判所に上告をしたうえ、同年九月八日上告を取り下げて、一審判決は確定した。

5. 被告杉山及び同佐藤は、原告白神及び同宮路の届出債権である株式会社協和銀行と医療法人財団清風会(以下「清風会」という。)との間の金銭消費貸借契約が仮装であることを理由として、原告両名への配当に異議を述べ、配当異議の訴えを提起したものであるが、実際には、配当に異議を述べる根拠をもたず、原告両名に対する配当金の交付を妨げるだけの目的でしたいやがらせのための配当異議の訴え提起であった。

6. このように、勝訴の可能性のない事由に基づく配当異議の訴え提起や、その訴えの敗訴判決に対する上訴の提起は、配当金を受領する権利を侵害する不法行為である。

7. 被告らの行為により、原告両名への配当金は、昭和五九年三月三一日から同六〇年四月一〇日までは被告両名のために供託され、同年四月一一日から同年九月七日までは被告杉山のために供託されて、原告両名の配当金受領は遅れ、これにより原告両名は損害を被った。その損害額は次のとおりである。

(一)  原告白神の被告杉山による損害額

配当金二八三七万九一五〇円に対する配当日の翌日昭和五九年三月三一日から配当異議の訴えの確定の前日である同六〇年九月七日まで年五分の割合による金員二〇四万四八五三円

(二)  原告白神の被告佐藤による損害額

配当金一七一四万六〇一二円に対する昭和五九年三月三一日から配当異議の訴えの確定日の前日である同六〇年四月一〇日まで年五分の割合による金員八八万三一三七円

(三)  原告宮路の被告両名による損害額

配当金九五二万円に対する昭和五九年三月三一日から同六〇年四月一〇日まで年五分の割合による金員四九万三四五円

(四)  原告宮路の被告佐藤による損害額

配当金九五二万円に対する昭和六〇年四月一一日から同年九月七日まで年五分の割合による金員一九万五六一六円

8. よって、原告白神及び同宮路は、それぞれ被告杉山及び同佐藤に対し、不法行為による損害賠償として、前記各損害額とこれに対する本件訴状送達の日の翌日昭和六一年四月二二日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

(被告杉山)

1. 請求原因1ないし4の事実は認める。

2. 同5の事実中、清風会との間の消費貸借契約が仮装であるとの理由で配当に異議を述べた事実は認めるが、その余は否認する。

3. 同6の事実は争い、同7の事実は知らない。

4. 被告杉山が原告宮路への配当に異議を述べた理由は、被告佐藤の後記8の主張と同一であり、一億五〇〇〇万円の実際上の借主は社会福祉法人楽友会(以下「楽友会」という。)であって、清風会には債務はないと考えたためである。

被告杉山が一審判決に対して控訴及び上告をしたのも同一の理由による。

5. なお、被告杉山は、昭和五七年一〇月二六日、清風会に対し八三五〇万円を、返済期昭和五八年三月三一日、損害金年三割との約で貸し渡していたもので、この債権への配当を受けるために原告らへの配当に異議を述べたものである。

(被告佐藤)

1. 請求原因1の事実は認める。

2. 同2の事実のうち、被告杉山に関する事実は知らないが、同佐藤に関する事実は認める。

3. 同3の事実は知らない。

4. 同4の前段の事実及び一審判決が被告佐藤について昭和六〇年四月一一日確定した事実は認める。

5. 同5のうち被告佐藤に関する部分は否認する。

6. 同6は争う。

7. 同7の事実は否認する。

8. 原告ら主張の競売事件は、原告宮路が債権者として債務者清風会所有の不動産に対して競売申立てをしたものであるが、被告佐藤が原告両名への配当に異議を述べた理由は次のとおりである。

原告宮路は、清風会の設立者であり、昭和五〇年ころまでその理事長の地位にあったが、同時に楽友会の理事長でもあった。

楽友会は、昭和四七年末ころ、老人ホーム新築工事のため多額の資金を必要としていたが、社会福祉法人が民間金融機関からの借入れにより設備投資をすることは規制されていたため、清風会の名義を利用することとなり、楽友会及び清風会の理事長であった原告宮路が借入れ先である協和銀行と協議のうえ、借受人を清風会、借入れ目的を「清風会桜ケ丘病院建替え資金」として、協和銀行は楽友会の老人ホーム建築資金を融資した。

したがって、協和銀行からの真実の借主は楽友会であり、清風会との消費貸借契約は仮装のものであった。

また、財団法人が他の法人のために金銭を借り受ける行為は、寄附行為による目的の範囲外の行為である。

原告両名が本件競売事件において配当を受けようとした債権は、右協和銀行の清風会に対する貸金債権を代位弁済したことにより原告白神及び同宮路が取得したとされる債権であるから、原告両名は右債権を有しなかったものである。

被告佐藤は、以上の事実を清風会の理事長乗原昂から聴取して知っており、同人の証言により右の事実を証明する予定であったが、清風会の倒産後同人の所在が不明となり、同人の証言を得ることができないまま一審判決を受けたものである。

9. なお、被告佐藤は、清風会に対し、昭和五七年一一月一三日から同五八年三月九日の間に前後一二回にわたり合計二七八五万七七九五円を貸し渡していたもので、その残金一七一四万六〇一二円の配当を受けるために原告両名への配当に異議を述べたものである。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因1ないし4の事実は原告らと被告杉山との間では争いがない。また、被告佐藤との関係においては、請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、同2のうち被告佐藤に関する部分も当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば同3の事実が認められ、同4の前段の事実及び被告佐藤の請求を棄却する一審判決が昭和六〇年四月一一日確定した事実も当事者間に争いがない。

また、請求原因5のうち、被告杉山及び同佐藤がそれぞれ原告白神及び同宮路の届出債権の発生原因である株式会社協和銀行と清風会との間の金銭消費貸借契約が仮装であることを理由として原告両名への配当に異議を述べ、配当異議の訴えを提起した事実は、各当事者間に争いがない。

二、原告両名は、被告両名が原告両名への配当に異議を述べる根拠を有しないのに、原告両名への配当金の交付を妨げ、いやがらせをするだけの目的で原告両名への配当に異議を述べ、配当異議の訴えを提起し、その敗訴判決に対して上訴をしたものであり、右行為は原告両名に対する不法行為となると主張するので、この点について検討する。

1. 担保権の実行による不動産競売手続において、配当を受けようとする債権者は、「債権の存否並びにその原因及び額」(民事執行法四九条二項)を定められた配当要求の終期までに執行裁判所に届け出ることを要し(同法五〇条一項)、その届出をしたのちに元本の額に変更があったときは、その届出をもしなければならない(同条二項)が、右届出に当たり債権の存在、その原因及び額について証明をする必要はない。

このようにして届けられた債権に関し、執行裁判所は、配当期日において、配当表作成の必要上、出頭した債権者及び債務者を審尋し、並びに即時に取り調べることのできる書証の取調べをすることができ(同法八五条三項)、これらに基づき配当表を作成するが、配当表に記載された各債権者の債権又は配当の額について不服のある債権者及び債務者は、配当期日において、異議の申出をすることができ(同法八九条一項)、配当の順位及び額について配当期日にすべての債権者間に合意が成立した場合には、右合意内容に従って配当が実施されるが(同法八五条五項、八九条二項)、配当について異議が残る限り、右異議のあった部分について配当は留保され(同法八九条二項)、異議の対象となった債権及びその額についての配当方法は不動産競売手続においては確定されず、配当異議の訴えによって確定されるところに従うことになる(同法九一条、九二条)。

このように、配当を受くべき債権の存否、順位及び額について競売手続上で最終的に確定することを予定せず、債権の届出についてもなんらの証拠の提出を必要としない不動産競売手続においては、配当に異議を述べる者も、異議を述べるに当たり、その理由を開示し又は証拠を提出することは必要ではない。

そして、配当異議の訴えについては、民事執行法九〇条に管轄裁判所その他について若干の特別規定が存在するが、証明責任の分配に関する特別規定は存在しないから、右訴えにおいて、配当留保額について実体上の理由に基づき自己が配当を受ける権利を有すると主張する者は、民事訴訟における一般原則に従い、その権利の発生根拠事実について主張立証責任を負担することになる。

このような配当異議に関する手続構造のもとでは、配当を受けようとする債権者が、自己への配当を有利に変更するため、配当表上自己より先順位又は同順位とされた債権者の債権の存否、順位又は額を争って右債権に対する配当に異議を述べることは、異議を述べる者において、右先順位又は同順位の債権の存在、順位及び額を明確に認識し、又は右異議を述べても自己への配当が有利に変更されることがないことを認識しているような特別の場合を除き、異議の対象とされた債権者に対する関係で不法行為とはならないと解するのが相当である。

2. 右に判示したところによれば、被告両名が原告両名に対する配当に異議を述べる理由を有したか否かは、本件不法行為の成否に関して問題とはならず、被告両名において、原告両名が配当を受ける権利を有することを認識しながら、単に原告両名への配当金交付を一時妨げるだけの目的で配当に異議を述べたときに、不法行為が成立しうるにすぎないところ、右の事実についてはこれを認めるに足りる証拠がない。

かえって、〈証拠〉によれば、

(一)  原告宮路は、清風会の設立者であり、昭和五〇年ころまでその理事長の地位にあったが、同時に楽友会の理事長でもあり、両法人の実質上の経営者であったこと、

(二)  楽友会は、昭和四七年末ころ、老人ホーム新築のため資金を必要としていたが、原告宮路において、清風会が借主となって融資を受け、これを楽友会に融通することを企て、清風会は、昭和四七年一二月二八日協和銀行から一億五〇〇〇万円を原告宮路の保証並びに原告宮路、清風会及び楽友会の各不動産担保提供のもとに借り受け、これを同年一二月二九日楽友会に貸し渡して、老人ホーム新築工事資金に充てさせたこと、

(三)  原告宮路は、右清風会の債務中九〇〇〇万円を代位弁済した湯浅商事株式会社(以下「湯浅商事」という。)に対し、昭和五四年九月一八日、右九〇〇〇万円を弁済したほか、昭和五六年六月二五日、協和銀行に対し一億五〇〇〇万円中の残額七〇〇万円を弁済したこと、

(四)  原告宮路は、昭和五八年八月二五日、原告白神に対し、清風会に対する求償金元本九〇〇〇万円とこれに対する遅延損害金債権を譲渡したこと、

(五)  本件競売事件において、原告白神は右九〇〇〇万円及びこれに対する遅延損害金三二四〇万円の、原告宮路は右七〇〇万円及びこれに対する遅延損害金二五二万円の債権計算書を提出し、これに対して執行裁判所は請求原因1のとおりの配当額を計上したこと、

(六)  被告佐藤は、弁護士であるが、昭和五七年末ころ、清風会が倒産した際、清風会の委託を受けてその倒産処理に関与したことがあり、その職務遂行上前記(一)ないし(四)の事実を知ったこと、

(七)  また、被告佐藤は、自己も清風会に対して合計一二回にわたる貸金合計二七八五万七七九五円の残元金一七一四万六〇一二円の債権を有しており、本件競売事件の目的不動産に仮差押えをしていたこと、

(六)  被告佐藤は、協和銀行と清風会との間の金銭消費貸借契約の実質上の借主は楽友会であり、右消費貸借契約は通謀虚偽表示により無効であると考えていたが、また清風会及び楽友会の共通の理事長であり、両法人について最終的責任者であるべき原告宮路が形式的に保証人又は担保提供者であるという理由で清風会に対する求償債権を他の債権者に優先して弁済を受ける権利を有すると主張することは許されないとも考えており、更に、清風会が借主であるとすれば、他の法人に融通する目的で金融機関から金銭を借り受ける行為は医療法人財団の寄附行為に定められた目的に反するとも考えていて、このような理由から原告両名に対する配当に異議を述べ、配当異議の訴えを追行したこと、

(九)  被告杉山は、清風会に対して元本二二三二万四一一六円及び遅延損害金六〇五万五〇三四円の債権を有していたが、原告宮路が清風会及び楽友会の実質上の経営者であること、清風会が協和銀行から借り受けた金員を担保を徴しないで楽友会に使用させたことを知っており、協和銀行に対する債務は実質上原告宮路の個人債務であり、同原告の協和銀行に対する弁済は同原告自身の債務の弁済に過ぎないから、同原告が順位一番の債権者に代位する形式のもとに被告杉山に優先して配当を受けることは許されないと考え、かつ原告白神は原告宮地と一体となって行動したものと考えて、本件配当に対する異議を述べ、配当異議訴訟を追行したこと、が認められ、右のように清風会の債務を実質上原告宮路個人の債務と同視することは法律上の解釈として直ちに成り立つものではないにせよ、同原告が清風会の設立者かつ実質上の経営者であったとすれば、協和銀行が有した優先債権に代位して他の債権者に先んじて配当を受ける行為は著しく信義に反するといえなくもないから、被告両名が原告宮路への配当について異議を述べた行為が単に原告両名への配当を一時阻止し、いやがらせをする目的でなされたものではないことが明らかであるし、また原告白神の債権への配当についても、同原告の有する債権は協和銀行が有した債権を原告宮路からの債権譲渡により承継したものであるから、原告宮路についてと同様に配当に異議を述べて争うことがなんらの根拠もなく原告ら主張の目的でなされた配当金受領権侵害の不法行為であるとはにわかに断ずることができないものである。

三、以上によれば、原告両名の被告両名に対する各請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲守孝夫)

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